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秘密基地再建

放っておいた秘密基地を立て直すために、人生の残り時間について考え、試す記録

今日知ったこと―日系外国人が90年代に増えた背景

今日は在日外国人(特に日系の南米国籍の人たち)について勉強した。

入管法が1990年に改正されたこと、バブル期(末期だけど)で人手不足だったこと、南米は逆に経済的に混迷していたこと、などが重なってたくさん入国したと。

わざわざ知ろうとすることもなかったから、お仕事がらみでしらべたんだけど、よかった。

この仕事は少し視野を広げるといろいろ知ることができるのがいい。

割と近い地域にも日系ブラジル人・ペルー人を中心とした居住地があるので、今度足を運んでみたい。

「多文化共生」がキーワードになるかと思うけど、教育者は自分がそれを理解して実践するだけでなくて、その価値を子どもに伝える必要があるね。そこまで伝えていきたい。

勉強する必要があるとわかっていたので昨年取っておいたETV特集もやっと見られた。これは本当によい内容だった。単純にヒューマンドラマとしても心動かされた。

 

www.nhk.or.jp

 

多文化共生社会の保育者―ぶつかってもだいじょうぶ

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  • 作者: J.ゴンザレス‐メーナ,Janet Gonzalez‐Mena,植田都,日浦直美
  • 出版社/メーカー: 北大路書房
  • 発売日: 2004/04
  • メディア: 単行本
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多文化保育論

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幼児のための多文化理解教育

幼児のための多文化理解教育

 

 

新年というふりかえりの時間

また年が明けた。

新年だけは毎年欠かさずに来し方行く末について思いをはせる。それでは今年も行こうか。

昨年は経済的にとても豊かになったことで、ハメを外して浪費してしまったと思う。それが反省1。

あとは仕事は最低限だったなあ…。自分が知りたいもの伝えたいことについて、意識的に積極的になれる余地はあったはずなのに。

それと自分の心身のメンテナンスへの意識が芽生えて来て、それは良かったが、実行という意味ではほとんど理想通りではなかった。

 

さて、新年の抱負。

まずは自分のメンテナンスについてだが、一番はお酒の量のコントロールをしよう。

このブログでも以前書いたが、飲酒しないことで得られる時間を有効に使えることに加えて、つい飲み過ぎて内臓に負担をかけ、疲労の上塗りをしてしまうのを止める。

また、常勤として半年働いてわかったのは、日常の疲れをこまめに癒すことがいかに大切なのかということ。仕事がら、半年や数ヶ月に一度、通常の業務から解き放たれる時期が来る。その時期には本来、通常業務と二本立てでやるべき仕事や通常業務のための鍛錬をすべきなのだ。それが昨年は疲れ果てて単なる休養期間になってしまった。

今年はお酒でストレスを発散しないように、しても適度な量を飲むことや、夜にしっかりお風呂に浸かる、ストレッチをするなどのことを心がけたい。

ついでに、見た目についてもあまりにもひどい姿で出るのを止める。少なくとも口紅くらいは塗ろう。

ついでその2として、生活の整えも日々の営みに少しずつ加える。お風呂の床掃除、キッチン周りの掃除、洋服のメンテナンスなどは1,2週単位でルーティン化できないだろうか。

 

次にお金。これは自分ルールを一刻も早く制定することから始めよう。1月から新車のローンも始まる。

まずは食費。つい贅沢食材を買ってしまうのだけど、本当は少し粗食なくらいが家族のためでもあるのだ。普段粗食にして、ポイントで豪華な料理を作る方が、メリハリも出るずだし。お米中心の野菜と少しの肉を食べる食事を目指そう。お酒も日常はやめて、代わりに良いワインをたまに週末飲むのが理想。

その他、お弁当はできる限り持っていく。これはいつもそうなので今年も実行。

あと経済的に余裕が出ると、以前敏感だったお得情報にも鈍感になる。貧乏性は美徳だったのだから、その感覚を思い出そう。無印を通常価格で買うなんて!ルミネ商品を通常価格で買うなんて!子どもの美容院に何千円もかけるなんて!という感覚。まあ、無印やルミネは逆に消費を煽られている気もしますが…ただ、買い物の場所や時期を決めておくと認知的な経済性も高いので、それも含めて節約したい。

で、最後、一番大切な自分の資質をもう少し大切に伸ばすことについて。

去年は日々を漫然と過ごしてしまって、とにかくやっつけ仕事でなんとかやりくりしてしまった。そのツケも今少しずつかぶっているところ。

今年は自信を持つためにも、私の過去や未来にその対象がどうつながっているのか、少しは考えながら活動をしてみよう。そして自分を太らせていくしかない。

そのためには少し貪欲に、食らう量を増やしていくことが必要だな。待った無しだ。

この仕事はありがたいことに自分と事象との繋がりを明確にすることで、対象に及ぼす効果が大きく変わってくる仕事だと思っているので、その辺はしっかりと意識して、私オンステージな気分でやりたい。

具体的には、社会経済的な面と子どもや保育をめぐる状況について伝えること、環境への気づきを子どもが得るための足場作りがどうしたらできるのか、考えること。読むこと。書くこと。自分自身も説得力のある体験をできる限りすること。アンテナを張ること。

あ、あと英語。毎年言ってる気がするが、覚悟を決めてやらねば。まずは自分の惨状を知るためにもTOEIC受験からかな。

 

 

はい!今日も酒飲んでないよー

今日もちゃんと晩酌せずに済んだ。

なので持ち帰った仕事も一応手をつけられて、まあこれなら及第点かなっていうところまで終わった。

顔の体操はしてないなあ⇒今からでもできる

英語は少しだけ車内で聞いた

スクワットなどの筋トレは1日おきなので今日はお休み。

 

明日はお休みなので、もう少しできることを整理して、実際に立て直しを進める計画を立てよう。

まず手を付けたいのは読書と音楽鑑賞かな。

 

 

 

それで何をしようと思ったかというと

それで、まず私がしなければならないのは、晩酌をやめる事だと思った。

 

たいていのことは新しく始めるよりも、今の習慣をやめる方が難しいと思うんだけど、私の場合それは晩酌と姿勢の悪さだと思う。

 

ということで、姿勢については気づいたら直すしかないのだが、晩酌は決心してやめることにした。

 

そして新しく始めることとしては筋トレ。

 

ヒンズースクワットは必ず1日おきにやる。

腹筋と腕立て伏せも。

あと舌の体操ね。滑舌をよくするためと顔の筋力つけるため。

 

2か月がんばろう。2か月やればきっと成果が出ると思う。

 

こういうことって成果を出さないと続かないんだよね。成果が出るまでは3週間くらいかかるかな。

ということで、今日は久しぶりに飲んでいません。

卑屈のようでいてそうでもない

人生現役として活動できる時間があと20年くらいしかない。

「現役」とは体力と財力に余裕を持ちながら活動できること。

体力は当然ながら、20年後には給与所得はなくなり、不労所得でもない限りつつましやかな生活をしなければならないだろう。

 

20年は240か月なのだけど、私が今1か月を大切に生きているかと言えば、まったくそんなことはなく、むしろ先月も、先々月もできなかった、また今月もできないだろう…という思いが蓄積していくだけの日々を過ごしている。

 

こんなことなので12か月はあっという間。現にこのブログのことなどすっかり忘れていて、前回の記事からもう7か月である。

 

ただ、本当にこれではいけないと思っているので、何とか日々を立て直したい。

 

前回の記事にもあるように、私は正規職員になり、身辺ががらりと変わった。

 

前回からまた職場が変わり、今度はおそらく期限付き雇用ではなくなるだろう。つまり、20年ほどは何かない限り安定した給与を頂ける身分になった。

 

このことが私にとっては大変な精神の安寧につながったと同時に、何か一つの目標を失わせてしまった。

 

これまでは45歳までに正規職員になるという目標で頑張ってきたから、その他のことは二の次でよかった。若いころからの自負や目標がおざなりになり、少しは他人より自慢できていたことが、すでにさっさと追い越されて、ひどく取り残されていても、「自分にはその前に達成しないといけないことがあるから」と見てみないふりができていた。

やっとの思いで山登ったら、そこにはずっとそこで豊かな人生をそれぞれのやり方で築いている人たちがいたわけ。

それを見て、私も自分の(特に若い頃)あたためていた人生に対する希望を実現してみたい、実現しなくてもそれについて濃く語りたい、と思い始めました。

 

正直、今低迷期で、仕事にやっと慣れてきた半面、それ以外の事はしたくないという気分。ただ、ぷすぷすとくすぶるものはあるので、こうやってその気持ちを書き留めていくことにしました。

44歳になった

先日44歳になったけど、気持ちはまだまだ25くらいで、いつも世間に対してビクビクしながら生きている。


今年から正規職員として働き始めているけど、それだけで重荷に感じてしまうダメなやつ。。。


時折バカみたいに意識高い系の真似事を試みるけど、すぐ息切れして放り投げるのの繰り返しだ。


こういう形で自己規定してしまうことが一番よくないのだろうと思いつつ、どうしてもダメな自分と馴れ合って、それも楽しいと思ってしまう。